8/21/2015

ビル・ゲイツの仕事ぶり

前回のエントリに続き、「ぼくとビル・ゲイツとマイクロソフト」から。著者のポール・アレンは、マイクロソフトを離れるまでの8年間、ゲイツとともにいただけあって、ゲイツに関するエピソードが多数含まれている。そこから印象的だったものを紹介する。

ゲイツとアレンが学校をやめて働き出したころのことだ。 2人はどれほど長い時間がかかろうと完全にバグがなくなったと思えるまでは作業の手を止めなかった。 ゲイツはいつも粉末のオレンジジュースが入った瓶を持っていて、疲れてきたと思ったら、 粉末を手のひらに乗せてなめていた、そんな生活を夏じゅう続けたので、 ゲイツの手はいつもオレンジ色をしていたという。

ALTAIRのBASICを開発していた頃、ゲイツは深夜の作業中によく端末の前でうたた寝をしていた。 コードを打ち込みながら徐々に前のめりになり、華がキーボードにあたる、そのまま 1,2時間眠ったあと目を覚まし、二度ほどまばたきすると、何事もなかったかのように作業を続行したという。 アレンは、「本当に信じがたいほどの集中力」だったと書いている。

ALTAIR用のフロッピーディスクドライブが開発されたときのことだ。 ドライブを扱えるようにBASICを拡張する必要があり、ゲイツがそれを担当した。 なかなか作業に着手しないゲイツを見て、アレンが心配すると「設計はもう頭の中にある」と答える。 締め切りまで10日に迫った頃、ゲイツはメモ帳三冊と10本の鉛筆を持ってホテルにこもり、 5日後でてきたときには何千バイトものアセンブリ言語ができていたという。

マイクロソフトを興し、社員を雇ってからのこと。 ゲイツの秘書は会社にくると自分のボスが床に倒れて意識を失っているのを見て狼狽し、人を呼ぶが、 「きっと週末ずっと作業していたんだろう。放っておいて問題ない」と言われる。

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